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NEW YORK

Afterword

ニューヨークの撮影を終えて

東京写真専門学校(現東京ビジュアルアーツ)の写学生の時に、1956年に発行された写真集「ニューヨーク」と、それを撮影した写真家の存在を初めて知った。しかし当時、広告写真を目指していた私は、写真の分野が違うことから深く心に留めることはなかった。そして、1987年秋にどこからともなく情報が入り、9月10日〜29日にプランタン銀座で開催されていたその写真家の展覧会を観に行った。 訪れた会場の広さに驚いた記憶がかすかにある。その展示会で、写真集「ニューヨーク」の中に掲載されている2点の写真が、私の心に強く残った。自分にとってその写真家が、ヒーローのように思えた。同時に自分もいつか「ニューヨーク」を撮ってみたいと初めて思い至った。私にとってニューヨークという街は、観光ではなく写真を撮るために訪れる場所だ、と心に刻んだのはこの時だったように思う。あの日以降、広告写真を仕事にした私は、なかなかにニューヨークを訪れるチャンスが得られなかったが、2017年から3年連続で計21日間にわたって渡米し、1987年から約30年の歳月を経て、ようやく私の「ニューヨーク」を撮ることができた。

ニューヨークを撮ってみて感じたことは、街にリベラリズムが息づいていることだ。近年、アメリカの中でも西海岸、東海岸がリベラリズムの強い地域だと聞いていたが、偶然に立ち会った「プライドパレード」を見て改めてそれを強く感じた。また、他民族の集合体である都市ゆえ、お互いの接点を「不審」からスタートする仕組み、すなわち、すべてを「契約」から始めなければ共同生活が成り立たないことが理解できたように思えた。
日本ではお互いの接点は「信頼」から始まる。それはニューヨークとは真逆の関係構築方法ではあるけれど、いずれ日本も外国人が多くなれば、ニューヨークのようにお互いに「不審」からの接点がスタートになる社会になるかもしれない。しかし、やはり日本の伝統である「信頼」から始まる共同生活様式が残っていく社会であってほしいものだと思う。そして、これからもニューヨークが世界の「リベラル」と「民主主義」をリードし、守り続ける都市として輝き続けてほしいと願う。

Records

僕のニューヨーク /
出会った人たち

写真はすべて2017年6月、2018年7月、2019年4月の計21日間にわたって、スナップ方式で撮影したものだ。ニューヨークは5つの行政区に分かれており、心の赴くままに各地を訪れ、1日400枚ほどを撮り歩いた。現代は肖像権の問題があり、街角でスナップ撮影をするにも厳重に注意を払わなければならないため、かなり制限の多い撮影となった。ニューヨークは全体として華やかなイメージとは少し違い、特にマンハッタンは古いビル群が多く、僕の憧れの写真家が撮影した1950年代のままのように感じた。
マンハッタンは地震がないことに加え、地盤が石で覆われて固いため、頻繁に建て直す必要が無く、古い外壁のままの建物が多く残っているのだろうか。デパートなどの外壁は古いままでも店内は近代的で、まるで東京のデパートのようだったが、そうしたレイアウトはまさにアメリカ的だと思った。マンハッタンの南西部にあるワンワールドトレードセンター辺りの新開発地区は高層ビルの建築中で、マンハッタン一帯でも近代的なビルが建設されており、新しい景観都市への転換期であるようにも思えた。